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のんたん家族の事実~二人きりの生活編~

~二人の生活~

まぁ、ここからが何とも言えない大変さ。

私のお母さんと仲直りしたとはいえ
覚悟を決めたからには頼るまい!と
頼らずに生きていました。


今思えば
頼れるときは
頼らんと駄目だなと思いますが

そのときは
よき母親になる事に必死で


お母さんも、
甘やかすタイプではないので、
特に助けてあげようとはせず
自分で選んだ道やろ頑張りや!

とカッコよく去って行ったので
毎日ラインはしつつも
助けてーとは言いませんでした。
むしろ言えません。

小さい子を連れての買い物
夜泣き
2時間に1回の母乳
お風呂も私はどうやって入れば。。

なんせ、てんやわんや。

お母さん達の偉大さに感動し
数々のトラップをくぐり抜け
あっちゅうまに1歳になり、
貯金も尽きてしまうので
保育所を探し働くことに。

パチンコ屋、スーパー
何店舗かいきましたが、
3日に1回の熱、早退、当日欠勤
警報での休み、

3日に一回は休む
1週間熱下がらず休む、
ノロにかかる、手足口病かかる
よくもまぁここまで病気なれるな

とお金のために働きたくても
休まれては稼げません。

思うように働けず、
迷惑ばかりをかけ、辞めて

お金はかなりピンチ。

とにかく生活保護を申請しようと
申請に行くものの拒否される。

産まれる前にも一度
申請に行ったのですが、
「困るなら産まなければいい」
なんで産むん?アホちゃう?
のトーンで散々責められ
悔しさの余り区役所のトイレで
泣きました。

確かにその通り。

誰にも頼らない
ひとりで頑張ると
気合いいれたくせに
市に頼ろうとしてる

もうその瞬間一瞬で絶望感。
あー、馬鹿だなー。と。

それがあったから、
もう頼らないと決めてはいたものの
産まれてから働けばいいと
安易に考えていた事が実際には
全く働く事ができない現実に遭遇し
頼らざる追えなくなり、市役所へ

だけど、当時と変わらずやっぱり拒否。
拒否されても、何度も何度も通い
何度も何度も酷い言葉で追い返され
ようやく優しい担当の人に出会い
申請がおりました。
(担当によって全然対応が違います


もちろんのこと裕福に暮らせる程の
金額はもらえませんが、
それでも、助けてくれたおかげで
普通に過ごすことはできました。

しかしながら、
生活保護は、悪魔で国の税金。
これで一生生活をするわけにも
いかないので、
仕事は引き続き探し面接に行き
働き、休み、辞める

半年転々とし、
今の旦那との出会いの場
職場を見つけて
ダメ元で働き始めましたが
誰1人と嫌な顔1つせず、
仕方ないよ!と言ってくれ
ようやく、仕事が落ち着きました。



何とか乗り越え、
ちゃんと働けるようになり
娘の体も強くなりはじめ
金銭面も安定し
私の母親としての気持ちも
落ち着き始めた頃

今の旦那と職場で話すようになり、
デートを重ねに重ね
私の中でのジャッジがはじまりました。



続く。



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